三浦春馬

三浦春馬『日本製』広島県の内容は?ドラマ「太陽の子」へ影響も

2020年7月18日、俳優の三浦春馬さんが都内マンションで亡くなりました。
突然の知らせに、芸能界もファンも、いまだに動揺から立ち直れていません。

そんな中注目されているのが、三浦春馬さんが亡くなる3ヶ月前に出版した著書『日本製』です。
『日本製』は、月刊誌『プラスアクト』での人気連載を1冊にまとめた本です。
連載は「各地のメイドインジャパンを巡る」というコンセプトで、三浦春馬さん自身が4年間かけて47都道府県を訪れ、文化や伝統工芸・歴史・産業などについて学ぶという企画でした。

この記事では、三浦春馬さん著書『日本製』の広島県の内容と、NHKドラマ「太陽の子」への影響をまとめました。

三浦春馬が広島県で訪問したのは誰?

三浦春馬さんが広島県で訪問したのは、「ヒロシマを語り継ぐ教師の会」の事務局長・梶矢文昭さんです。
月刊誌『プラスアクト』の2017年9月号に掲載されていますので、三浦春馬さんが亡くなるおよそ3年前に訪れているということですね。

「ヒロシマを語り継ぐ教師の会」事務局長・梶矢文昭

出身:広島市東区出身
大学:広島大学教育学部卒業
経歴:1962年4月から矢賀小(東区)教諭。幟町小(中区)広島大付属小(南区)などを経て94年4月から長束小校長。99年3月に定年退職。

出典:中國新聞 ヒロシマ平和メディアセンター
http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=44841

三浦春馬さんがインタビューした梶矢文昭さんは、6歳のときに広島で被爆しました。
その後名門・広島大学に進学され、教師として長らく子供達を指導していたようです。
『日本製』では三浦春馬さんとのインタビューで、自身の被爆体験を語っています。

NHKドラマ「太陽の子」とは?

 

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三浦春馬さんは亡くなる前、NHKドラマ「太陽の子」に出演していました。

ドラマでは、太平洋戦争末期、核兵器をつくるよう軍から命じられた研究者たちの苦悩が描かれています。
自宅マンションで見つかった遺書でも、ドラマで演じた役に自分を重ね合わせるような言葉があり、三浦春馬さんに大きな影響を与えたドラマと言えます。
『日本製』でのインタビューも、三浦春馬さんの役作りに影響を与えたのかもしれませんね。

第二次世界大戦末期、京都大学の物理学研究室に海軍から下された密命は、核分裂のエネルギーを使った新型爆弾を作ること。核エネルギーの研究を進める一方で、科学者として兵器開発を進めていくことに苦悩する研究者たちの姿を描く。

出典:NHKホームページ「太陽の子」
https://www.nhk.jp/p/ts/N84926PNYG/

三浦春馬のインタビュー内容は?

三浦春馬さんは、「ヒロシマを語り継ぐ教師の会」事務局長・梶矢文昭の被爆体験を聞きながら、自身が出演した映画「永遠の0」と関係して、次のように聞いています。

三浦「『永遠の0』をやった時、役作りのために父方の祖父の話を聞いたんです。(中略)」

梶矢「それは役のことじゃのうて、三浦さんの本当のおじいさんの話かい?」

三浦「実際の祖父です(笑)。視力が足りず特攻には行かなかったのですが、当時は多分散っていった仲間達のように、日本と日本の未来のために命を捧げたかったと思うんです。でも生き延びて教員になった。直接聞いた訳ではないので僕の想像でしかありませんが、きっと戦争中と終戦後では戦争の捉え方が全然変わったと思うんですよ。今、梶矢さんは戦争についてどのようにお考えですか?」

梶矢「よく原爆が悪い、原爆が悪いというんだけど……問題は戦争なんよ。一旦戦争を始めたら、これはもうケンカじゃけ、手段は選ばんわ。どんどん威力あるものを作って、それを使って強いほうが勝つのが戦争。始めるときは些細なことがきっかけかもわからんが、一旦始めた戦争をやめる、収めるというのは非常に難しいことだよ。だから子供達に話す時も、ケンカを始めるのは簡単だが、問題はもういっぺん友達として仲良くなれるかどうかだよというとるんじゃ」

出典:『日本製』広島県

三浦春馬さんが自身の経験もふまえながら、梶矢さんの話を真剣に聞き、受け止めていることが伝わりました。
インタビューの全文はこの10倍以上のボリュームがあります。気になる方はぜひ『日本製』をお手にとってください。

三浦春馬はインタビュー後、何を語った?


『日本製』には、各都道府県の方とのインタビューが終わった後、直筆のコラムとして「三浦春馬が考える『未来』『継承』」が載っています。
三浦春馬さんが『日本製』の出版にあたり、連載にはない部分を直筆で書いた貴重なコラムです。
ここでは一部だけを紹介します。(全文はこの3倍以上の分量があります)

まだ余韻が消えません。きっと一生考え続けていかないといけない、簡単に結論が出せないことだからなんでしょうね。だからこそ梶矢さんにお話が聞けて本当によかった。(中略)今もきっとさまざまな事件や災害の際には、ただ知らないだけでとんでもなく頑張っている人達がいるということを、今まで以上に考えられる想像力を頂いた気がします。

出典:『日本製』広島県 -COLUMN-三浦春馬が考える「未来」「継承」

さいごに

『日本製』には三浦春馬さんの直筆のメッセージ、コラムの全文が載っています。
三浦春馬さんが各地の職人さんと笑顔で語る様子や、熱心に工芸づくりに取り組む様子が写真付きで収められています。

現在、定価で手に入れるのは難しくなっていますが、気になる方は見かけたらぜひお手にとってくださいね。

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